従業員が突然逮捕された——経営者や人事担当者にとって、これほど対応に困る事態はそうありません。「逮捕されたのだから当然解雇できるだろう」と考える方も多いかもしれませんが、実はそう単純ではありません。逮捕はあくまで捜査機関による身柄拘束であり、有罪が確定したわけではないため、逮捕の事実だけを理由とした解雇は無効と判断されるリスクがあります。本記事では、従業員が逮捕された場合に会社としてどのように対応すべきか、解雇の可否や進め方、就業規則上の留意点、そして実務上の注意点について弁護士が解説します。
結論から言えば、従業員が逮捕されたという事実だけをもって直ちに解雇することは、法的に大きなリスクを伴います。
日本の刑事司法制度では、逮捕はあくまで捜査の必要性に基づく身柄拘束にすぎません。逮捕された段階では被疑者であり、起訴されて裁判で有罪判決が確定するまでは「無罪の推定」が働きます。したがって、逮捕されたことだけを理由に懲戒解雇を行った場合、後に不起訴処分や無罪判決が出れば、解雇の正当性が根底から覆る可能性があります。
もっとも、以下のような事情がある場合には、逮捕された従業員の解雇が有効と認められる可能性が高まります。犯罪行為の内容が業務と直接関連している場合(業務上横領、取引先への詐欺など)、犯罪行為の態様が重大であり社会的影響が大きい場合、会社の信用・名誉が著しく毀損された場合、本人が事実を認めている場合(自白がある場合)、長期間の身柄拘束により業務に重大な支障が生じている場合、などが挙げられます。
一方で、以下のような場合は解雇が無効と判断されるリスクが高くなります。私生活上の軽微な犯罪であり業務との関連性が乏しい場合、嫌疑が不十分で不起訴となる可能性がある場合、逮捕の事実が報道されておらず会社の信用毀損が限定的な場合、本人が容疑を否認している場合、などです。特に私生活上の非行については、企業秩序に直接関係しない限り、懲戒処分の対象とすること自体が困難とされています。
従業員の逮捕を知った場合、会社は冷静かつ段階的に対応を進める必要があります。以下に、対応について解説します。
まず、逮捕の事実と容疑の内容を正確に把握します。家族や弁護人から情報を得るほか、報道がある場合はその内容も確認します。ただし、捜査中の段階では情報が限られることも多いため、憶測に基づいた判断は避けるべきです。逮捕容疑の内容、本人の認否(認めているか否認しているか)、今後の見通し(勾留期間、起訴の可能性)などを確認します。
逮捕・勾留により出勤できない期間の取り扱いを決める必要があります。一般的には、欠勤扱い(無給)とするケースが多いですが、就業規則に「起訴休職」の規定がある場合はその適用を検討します。有給休暇の取得を認めるかどうかも論点になりますが、本人からの申請がなければ会社側から充当する義務はありません。
逮捕後、検察官が起訴するかどうかの判断は通常、逮捕から最大23日以内に行われます。この間に性急な解雇判断を行うことは避け、起訴・不起訴の結果を確認してから対応を決定することが望ましいとされています。不起訴処分となった場合は、犯罪事実が認定されなかったことを意味する場合があり、解雇の根拠が大きく弱まります。
起訴された場合は、起訴休職制度がある会社であれば休職を命じ、裁判の結果を待つことが考えられます。起訴休職制度がない場合は、普通解雇または懲戒解雇の手続きに入ることを検討しますが、その際も犯罪の内容・業務との関連性・会社への影響度を総合的に判断する必要があります。
有罪判決が確定した場合は、就業規則の懲戒事由に該当するかどうかを確認したうえで、懲戒解雇を含む処分を検討します。この段階であれば、犯罪事実が司法手続きにより認定されているため、処分の正当性は相対的に認められやすくなります。ただし、犯罪の内容が軽微な場合や執行猶予が付いた場合は、解雇以外の処分(減給・降格など)が相当と判断される可能性もあります。
従業員の逮捕という事態に迅速かつ適切に対応するためには、就業規則を事前に整備しておくことが重要です。以下のポイントを確認してください。
起訴休職制度とは、従業員が刑事事件で起訴された場合に、判決が確定するまでの間、休職を命じることができる制度です。この規定があれば、起訴後に直ちに解雇する必要がなくなり、裁判の結果を見たうえで最終的な判断を下すことができます。休職期間、休職中の賃金の有無、休職期間満了時の取り扱い(自然退職となるか否か)を明確に定めておくことが重要です。
就業規則の懲戒事由に、刑事事件に関連する条項を設けておく必要があります。「刑法その他の法令に違反する行為をしたとき」「会社の名誉・信用を著しく毀損したとき」「刑事事件で有罪判決を受けたとき」といった条項を明記しておくことで、処分の根拠が明確になります。
従業員が逮捕・起訴された場合に会社への報告を義務づける規定も重要です。身柄拘束中は本人からの連絡が困難な場合もあるため、家族や弁護人を通じた報告を認める旨もあわせて規定しておくと、実務上の運用がスムーズになります。
逮捕・勾留による不就労期間を欠勤(無給)とするのか、別途の取り扱いをするのかを明確にしておくことで、賃金支払いに関するトラブルを防止できます。
逮捕された従業員への対応を誤ると、不当解雇として訴えられるリスクがあります。以下の6つの注意点を押さえておきましょう。
繰り返しになりますが、逮捕=有罪ではありません。逮捕されたという事実のみを理由とした即時解雇は、解雇権の濫用として無効と判断される可能性が高いです。必ず事実関係の確認と起訴・不起訴の結果を踏まえて判断してください。
解雇の有効性は、犯罪行為と業務との関連性に大きく左右されます。業務上横領や取引先に対する詐欺のように業務と直結する犯罪であれば、解雇が認められやすくなります。一方、休日中の交通事故や私生活での軽犯罪など、業務との関連性が低い場合は、解雇が厳しく制限されます。
同じ犯罪行為であっても、会社の規模や業種、社会的な注目度によって、解雇の相当性の判断は異なります。たとえば、教育機関や金融機関の従業員が性犯罪や詐欺で逮捕された場合は、業務の性質上、信用毀損の度合いが大きいと判断される傾向があります。一方、報道されていない軽微な事案で、業務に直接の支障がない場合は、解雇以外の処分が相当とされることもあります。
懲戒解雇を行う場合には、本人に対して弁明の機会を与えることが手続き上の適正として求められます。身柄拘束中であっても、弁護人を通じた書面でのやり取りや、釈放後の面談の場を設けるなど、可能な限り弁明の機会を確保してください。これを怠ると、解雇の手続き的公正さが否定される要因になります。
従業員の逮捕に関する情報を社内で広く共有することは、プライバシー侵害や名誉毀損のリスクを生じさせます。特に、後に不起訴や無罪となった場合、会社が逮捕の事実を広めたことが不法行為に該当する可能性があります。情報共有は業務上必要な範囲にとどめ、噂や憶測が広がらないよう管理することが重要です。
懲戒解雇に踏み切ることが法的にリスクが高いと判断される場合は、退職勧奨(合意退職)を選択肢として検討することも実務上有効です。退職勧奨であれば、一方的な解雇と異なり、後に不当解雇として争われるリスクを軽減できます。ただし、退職勧奨が強圧的にならないよう注意し、本人の自由な意思に基づく合意であることを書面で確認しておく必要があります。
従業員の逮捕は、企業にとって突発的かつ深刻な問題です。対応を誤れば、不当解雇訴訟やプライバシー侵害のリスクを抱えることになり、会社の信用にも影響しかねません。
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