
従業員が退職する際には、それまで担当していた業務を後任者へ引き継ぐ必要があります。
特に、特定の従業員しか把握していない業務や顧客情報、取引先とのやり取りなどがある場合、十分な引継ぎが行われないと、会社の業務に大きな支障が生じる可能性があります。
一方で、退職する従業員が引継ぎを拒否した場合、会社はどこまで対応することができるのでしょうか。
本記事では、従業員の退職時における引継ぎ義務や、引継ぎを拒否された場合の会社側の対応、有給休暇の消化中に発生する引継ぎトラブル、トラブルを防止するための対策について、弁護士が解説します。
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従業員の退職時における引継ぎについて、法律上、「退職する従業員は必ず引継ぎをしなければならない」と一律に定めた規定があるわけではありません。
もっとも、従業員は在職中、会社との労働契約に基づいて業務を遂行する立場にあります。そのため、会社は、業務命令として、退職に伴う引継ぎを指示することができます。従業員が業務命令に従わない場合、当該従業員は懲戒処分の対象となり得ます。
また、労働契約に付随する義務などとの関係から、退職に際して一定の引継ぎを行う信義則上の義務が認められる場合もあります。この引継ぎ義務に違反した場合、会社は従業員に対し、損害賠償請求ができる余地があります。
したがって、法律に引継ぎ義務が明記されていないから、従業員は引継ぎをする必要がない、ということではありません。
ただし、引継ぎ義務が認められる場合であっても、会社が従業員の退職そのものを一方的に禁止できるわけではありません。
引継ぎをしなければ退職できないという関係ではないため、会社側は、退職の有効性と引継ぎ義務違反の問題を分けて考える必要があります。
なお、退職後については、会社と従業員との間に引継ぎに関する別途の合意がある場合などを除き、会社から一方的に引継ぎ作業を求めることができるとは限りません。
そのため、引継ぎについて問題が生じる前に、在職中に必要な引継ぎを完了させる仕組みを整えておくことが重要です。
従業員が引継ぎを拒否したり、十分な引継ぎを行わないまま退職しようとしたりする場合、会社としては、法的な限界に注意しながら対応する必要があります。
まずは、引継ぎの内容や期限を具体的に定めたうえで、業務命令として指示することが考えられます。
口頭で「きちんと引継ぎをしてください」と伝えるだけでは、後になって「何を、いつまでに引き継ぐよう指示したのか」が不明確になる可能性があります。
そのため、引継ぎ項目、期限、引継ぎ相手、作成すべき資料などを具体的に示し、必要に応じて書面やメール等で記録を残しておくことが重要です。
もっとも、業務命令に違反したとして懲戒処分を行っても、退職日との関係などから、その抑止効果が十分に得られない場合があるので注意が必要です。
就業規則等に引継ぎに関する規定があり、従業員に具体的な引継ぎ義務が認められる場合には、義務違反について懲戒処分等を検討できる場合があります。これがない場合には、個別の業務命令が必要になるため注意が必要です。
ただし、懲戒処分を行うためには、就業規則上の根拠だけでなく、問題となった行為の内容や程度、会社への影響などを踏まえ、処分が相当なものであるかを慎重に検討する必要があります。
就業規則や退職金規程に、一定の事由がある場合の退職金の不支給・減額に関する規定が設けられている場合があります。
もっとも、引継ぎをしなかったことを理由として、会社が当然に退職金を不支給・減額できるわけではありません。
規定の具体的な内容や、従業員の行為の程度、会社への影響などを踏まえて、個別に判断する必要があります。
具体的には、退職金制度のある企業において、就業規則や退職金規程に、一定の重大な義務違反があった場合の退職金の不支給・減額に関する規定を設けることが考えられます。ただし、引継ぎをしなかったことのみを理由として、退職金を当然に不支給・減額できるわけではありません。裁判例においても、退職金の不支給・減額が認められるためには、労働者のそれまでの勤続の功を抹消または減殺させるほどの著しい背信行為に該当するかなど、個別具体的な事情が考慮されています。
このような仕組みを採用することによって、従業員の引継ぎ義務の不履行に対する抑止力とすることができます。
引継ぎ義務が認められるにもかかわらず、従業員が正当な理由なく引継ぎを拒否し、その結果として会社に具体的な損害が発生した場合には、損害賠償請求が問題となる可能性があります。
ただし、引継ぎをしなかったという事実だけで、直ちに損害賠償が認められるわけではありません。
引継ぎ義務の有無、従業員の故意・過失、実際に発生した損害、引継ぎをしなかったことと損害との因果関係などを具体的に検討する必要があります。
引継ぎを拒否された場合であっても、会社が一方的に退職届の受理を拒否したり、退職日を一方的に延長したりすることはできません。
また、引継ぎをしなかったことを理由として、賃金を一方的に支払わないといった対応も、適法とは限りません。
引継ぎ義務違反への対応と、退職・賃金の問題は分けて検討する必要があります。
退職前に残っている年次有給休暇を取得したいという従業員に対して、引継ぎが終わっていないという理由だけで会社が一律に有給休暇の取得を認めないことはできません。
そのため、退職日までの期間に十分な引継ぎ期間を確保できていなかった場合、従業員が残っている有給休暇を取得することで、引継ぎが十分に行われないまま退職日を迎えるケースがあります。
また、有給休暇中の従業員に対して会社から繰り返し連絡を行うことで、新たなトラブルにつながる可能性もあります。
このような事態を避けるため、会社としては、次のような対応を検討することができます。
退職までの期間が限られている場合、すべての業務を完璧に引き継ごうとするのではなく、顧客情報、進行中の案件、契約関係、重要な期限、システムへのアクセス方法など、退職後の業務に直結する事項を優先して引き継ぐことが重要です。
退職日までに残っている年次有給休暇について、会社と従業員との間で適切に調整することが考えられます。例えば、従業員が同意したうえで退職日までのスケジュールを調整することや、退職に伴って消滅する未消化の年休について、会社が買い取ることなどが考えられます。
年休の買い取りは、年休を実際に取得させることを原則とするため、在職中の年休については原則として認められません。一方、退職に伴って消滅する未消化の年休についての買い取りは禁止されていません。
ただし、会社に年休を買い取る権利があるわけではなく、従業員の同意を得たうえで行う必要があります。また、会社が一方的に年休の取得を放棄させたり、実質的に取得を妨げたりすることのないよう注意が必要です。
有給休暇中の従業員に対して、引継ぎのために業務を行うよう一方的に求めることには注意が必要です。有給休暇を取得しているにもかかわらず、実質的に仕事をさせるという状態にならないよう注意しましょう。
また、どうしても退職後の一定期間に協力を得る必要がある場合には、本人の意思を確認したうえで、退職後の業務委託等を含めた適切な契約関係を検討する必要があります。
なお、有給休暇の時季変更権については、退職日を越えて年次有給休暇の時季を変更することはできないため、退職日までの期間が短い場合には、実質的に時季変更権を行使できないことがあります。
引継ぎトラブルは、従業員から退職の申出を受けてから対応を始めるのでは、十分な時間を確保できないことがあります。
そのため、平時から引継ぎを行いやすい業務体制を整備しておくことが重要です。
就業規則や社内規程等に、退職時の引継ぎに関する基本的なルールを定めておくことが考えられます。
例えば、退職の申出時期、引継ぎ資料の作成、後任者への説明などについて、具体的なルールを整備しておくことで、退職時の対応をスムーズに進めやすくなります。
「この業務はこの従業員しか分からない」という状態をできるだけ作らないことも重要です。
日常業務のマニュアル化や情報の共有、複数担当制などを進めておけば、従業員が突然退職する場合でも、会社への影響を抑えることができます。
退職の申出を受けた場合には、退職日までのスケジュールを確認し、早い段階で引継計画を作成することが重要です。
具体的な引継項目、担当者、期限などを明確にしておくことで、言った、言わないといったトラブルを防ぎやすくなります。
引継ぎが適切に行われない場合、会社にはさまざまなリスクが生じます。
担当者しか把握していない情報が残されていない場合、退職後に業務を進められなくなる可能性があります。
顧客対応や取引先との連絡が滞れば、会社に対する信用の低下につながる可能性があります。
契約書、顧客情報、重要な期限、知的財産に関する情報などが適切に引き継がれていない場合、情報管理上の問題や、契約上の権利を適切に行使できなくなるなどのリスクにつながることがあります。
引継ぎが不十分なまま退職されると、残された従業員が急遽業務を引き受けることになります。
その結果、業務負担が過度に集中し、別の従業員の離職につながる可能性もあります。
弁護士法人森大輔法律事務所は、2015年に企業・経営者側の立場に特化した企業法務メインの法律事務所としてスタートして以来、業種も規模もさまざまな100社以上にわたる顧問先のリーガル・コンサルタントとして、数多くの企業事例を取り扱ってまいりました。法律の枠を超えた「経営を守る生きた知恵」をご提供している法律事務所です。
我々は、退職時の引継ぎトラブルをはじめとする労務トラブルから企業・経営者を守りたいという想いから、雇い止め対応、問題社員の解雇、ハラスメントなど、企業側の労務問題に力を入れて取り組んでおります。
退職する従業員から引継ぎを拒否された場合の対応や、引継ぎが不十分なまま有給休暇を消化して退職しようとしている場合の対応など、退職時にはさまざまな労務上の問題が生じる可能性があります。
それゆえ、退職時の引継ぎ対応をはじめ、雇用契約書や就業規則の整備、社内マニュアルの作成、セミナー(研修)の開催など、企業・経営者側の立場で幅広くサポートすることができます。
・退職する従業員から引継ぎを拒否されてお困りの方
・引継ぎをしないまま有給休暇を消化して退職しようとする従業員への対応にお困りの方
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