近年、企業におけるハラスメントの問題が深刻化しており、経営者や法務担当者、人事担当者にとって「ハラスメント対応」は最優先の企業法務課題となっています。労働環境の悪化や離職率の上昇、企業の信用失墜といった重大なリスクを招くため、企業はハラスメントに関する適切な対応と予防策を講じる必要があります。
本コラムでは、ハラスメントの種類、発生時のリスク、対応方法、ハラスメント防止策等を解説します。
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企業内ではさまざまな種類のハラスメントが発生する可能性があります。特に「職場」という環境は、上下関係や役割分担、長時間の共同作業といった人間関係のストレスが蓄積しやすい場でもあり、些細な言動が大きなトラブルへと発展することがあります。そのため、経営者や法務担当者、人事担当者は、職場におけるハラスメントの種類を正確に把握し、適切に予防・対応できる体制を整えておく必要があります。本記事では、代表的な4つのハラスメントについて解説します。いずれのハラスメントも、企業の信頼性や従業員のモチベーションに大きな影響を与えるため、明確な理解と事前の対策が欠かせません。
パワーハラスメント(パワハラ)とは、職場における優越的な立場の者が、その地位や権限を背景に、業務の適正な範囲を超えて、継続的、または場合によっては一度限りでも、他の従業員に対して精神的または身体的な苦痛を与える行為を指します。厚生労働省の定義によれば、パワハラには以下の3つの要素が必要とされています。
・優越的な関係を背景とした言動
・業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
・労働者の就業環境を害する行為
具体例としては、「皆の前で長時間にわたり叱責を行う」、「達成不可能なノルマを課して責め立てる」、「業務とは無関係な私的な雑務を命じる」、「ミスに対して机を叩くなど威圧的な態度を取る」などが挙げられます。
パワハラは、上司から部下に限らず、同僚間や部下から上司に対しても発生する可能性があります。とくにリモートワークやフレックスタイム制度の普及により、コミュニケーションの機会が減少する中で、指導とハラスメントの線引きが難しくなる傾向があります。2020年6月から施行された改正労働施策総合推進法(いわゆるパワハラ防止法)により、企業にはパワハラ防止措置の実施が義務付けられました。違反した場合には、厚生労働大臣からの勧告や、その旨の企業名公表が行われることもあります。
セクシャルハラスメント(セクハラ)とは、職場における性的な言動によって、相手に不快感や不利益を与える行為です。セクハラには大きく分けて「対価型セクハラ」と「環境型セクハラ」の2つの類型があります。
性的な関係の要求を断ったことにより、解雇・減給・異動といった不利益な取扱いを受けさせるもの
性的な言動により職場環境が不快になり、業務に支障をきたすもの
例えば、「服装や容姿について性的なコメントをする」、「不必要に身体に触れる」、「性的な冗談を繰り返す」、「プライベートな交際を強要する」などの行為が該当します。最近では、SNSやチャットツールを通じたオンライン上のセクハラも増えており、対策が急務となっています。セクハラは男女雇用機会均等法により企業の防止措置が義務付けられており、違反があった場合には、厚生労働省や労働局からの指導や調査の対象になることがあります。また、実際の訴訟では、企業に対して安全配慮義務違反や使用者責任に基づく損害賠償が認められるケースも増加しています。企業としては、セクハラの行為者に対する厳正な対応だけでなく、相談窓口の設置や社内教育の実施、被害者のプライバシーへの配慮など、包括的な対応が求められます。
マタニティハラスメント(マタハラ)とは、妊娠・出産・育児休業等を理由として、従業員に対して嫌がらせや不利益な取扱いを行うことを指します。主に女性従業員が対象となることが多いですが、育児に関わる男性従業員にも影響が及ぶケースが増えています。具体的な事例としては、「妊娠したなら仕事は続けられないのでは」、「育休を取るならその後の昇進は難しい」、「産休明けに元のポジションには戻れない」といった発言や、業務からの排除、評価の不当な引き下げなどが該当します。マタハラについては、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法において、企業に対して防止措置の義務が定められています。企業が妊娠・出産等に起因する差別的扱いを行った場合には、行政指導の対象となるばかりか、裁判での損害賠償請求や社会的非難にさらされる可能性があります。働き方改革の流れの中で、育児とキャリアの両立が当たり前になりつつある現代において、マタハラのない職場づくりは企業にとっても競争力の源泉となります。多様な人材が安心して働き続けられる職場環境を整備することが、企業の持続的成長にも繋がります。
カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、顧客や取引先からの不当なクレームや威圧的な言動、過剰な要求によって、従業員が精神的・肉体的苦痛を受ける行為を指します。これまで「お客様は神様」とされる風潮の中で見過ごされがちだった問題ですが、現在では従業員の権利として明確に認識され始めています。典型的なカスハラの例としては、「業務時間外にも電話をかけ続ける」、「土下座を要求する」、「怒鳴る・叩くなどの暴力的行為」、「企業の悪評をSNSに書くと脅す」などがあります。特に接客業やコールセンターなどでは、日常的にこのような行為が発生しており、従業員のメンタルヘルスに深刻な影響を与えることがあります。
カスハラへの対応は、企業の安全配慮義務として重要です。明文化された法規制はないものの、厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策マニュアル」等に基づき、労働安全衛生法上の職場環境配慮義務として対応が求められます。具体的には、対応マニュアルの策定、現場責任者へのエスカレーション体制の確立、警察・弁護士との連携、従業員への心理的ケアなど、包括的な体制整備が求められます。また、カスハラ事案を社内で共有し、組織として対応する意識を浸透させることも重要です。
企業においてハラスメントが発生した場合、企業法務の視点から非常に重大なリスクを伴います。ハラスメントは個人間のトラブルにとどまらず、企業全体の法的責任、経営的損失、社会的信用失墜につながる可能性があり、対応を誤ると甚大な被害を被ることになります。
まず、最も直接的なリスクは損害賠償請求です。被害者が精神的苦痛や職場不適応、退職などの被害を受けた場合、安全配慮義務違反や使用者責任に基づき、企業が損害賠償を負う可能性があります。例えば、東京地裁では、パワハラによるうつ病発症と退職について企業の責任を認め、数百万円の支払いを命じた判例も存在します。損害賠償の金額だけでなく、訴訟対応にかかる人件費や弁護士費用、管理コストも企業にとって大きな負担となります。
さらに、ハラスメント事案が労働基準監督署に通報され、是正勧告や指導を受けるケースもあります。行政指導が入ることで企業内部の実態が明らかになり、マスメディアやSNSを通じて情報が拡散されると、企業イメージは著しく低下します。近年では「ハラスメント企業」というレッテルが貼られた企業が、顧客や取引先を失い、株価下落や業績悪化につながった事例も報告されています。
また、従業員の離職や採用難という人的資源に関するリスクも見逃せません。ハラスメントが職場内で発生しているにもかかわらず、適切な対応がなされなければ、従業員の信頼は失われ、優秀な人材が流出する恐れがあります。特に中小企業やベンチャー企業においては、1人の離職が業務全体に影響を及ぼす場合も多く、企業の存続すら脅かされることがあります。
採用活動においても、企業のハラスメント対応の評価は重要な指標です。転職市場では「ブラック企業」を避ける傾向が強く、ハラスメントの対応が不十分な企業は、求人への応募が集まらず、採用コストが高騰する結果にもつながります。実際、厚生労働省の調査によると、応募者の約60%が「職場の人間関係やハラスメントの有無」を応募先選定の際に重視していると回答しています。
さらに、内部通報制度の不備や対応ミスがある場合、内部告発やコンプライアンス違反とされるリスクも存在します。内部告発が大手メディアに取り上げられることで、企業全体が社会的批判にさらされる事態にも発展しかねません。特に上場企業や大手企業では、株主や顧客からの信用失墜が経営の根幹を揺るがすこともあります。
企業内でハラスメントが発生した場合、企業には迅速かつ公正な対応が求められます。対応を誤ると、被害の拡大や従業員の信頼喪失、訴訟や行政指導といった重大な問題に発展する可能性が高まります。
まず、ハラスメントの相談があった場合、初動対応が極めて重要です。経営者や人事担当者、または相談窓口の担当者は、被害を訴えた従業員の声に真摯に耳を傾け、被害の程度や継続性、具体的な行為の内容を確認します。この段階で、被害者の話を軽視したり、対応を遅らせたりすると、二次被害や企業への法的責任が拡大する恐れがあります。
次に行うべきは、事実関係の客観的な調査です。被害者・加害者・関係者など関係者全員に対してヒアリングを行い、その内容を適切に記録します。この際、調査が一方的または感情的にならないよう、中立性を保つことが重要です。また、メールやチャットの記録、録音データ、防犯カメラ映像など、客観的な証拠を収集することで、事実認定の精度が高まります。
調査の公平性を担保するために、外部の第三者である弁護士に調査を依頼することも効果的です。とくに加害者が経営幹部や管理職である場合、社内の力関係が調査の中立性に影響を与えるおそれがあるため、外部の専門家の関与が望まれます。
調査の結果、ハラスメントが認定された場合には、適切な是正措置を講じる必要があります。加害者に対しては、就業規則や懲戒規定に基づき、戒告、減給、出勤停止、配置転換、解雇などの処分を検討します。処分の重さは、行為の悪質性、継続性、被害の程度、加害者の職位などを総合的に勘案して決定します。また、加害者が反省していない場合や再発の懸念がある場合には、より厳正な対応が求められます。
一方、被害者への配慮も不可欠です。たとえば、ハラスメントによって心身に不調をきたしている場合には、医師との連携による休職や業務軽減を検討し、職場復帰の支援を行う必要があります。また、被害者が加害者と同じ部署に在籍し続けることに精神的苦痛を感じる場合には、配置転換や在宅勤務といった柔軟な措置も選択肢となります。これらはすべて、企業の安全配慮義務に基づく対応です。
さらに、同様のハラスメントが再発しないよう、職場全体へのフィードバックと教育の強化も必要です。匿名性を担保しつつ、ハラスメント事案の内容や処分の方針を全社的に共有することで、従業員への警鐘となり、抑止効果が期待できます。同時に、定期的なハラスメント研修や管理職向けの指導も行い、企業としての方針を明確に示すことが大切です。
まず着手すべきなのが、「ハラスメント防止規程」の策定です。この規程は、企業がハラスメントに対してどのような姿勢を持ち、どのように対応するかを社内外に明示するものであり、全社員が守るべき基本的なルールとなります。具体的には、以下の要素を明確に記載することが求められます。
・ハラスメントの定義(パワハラ、セクハラ、マタハラ、カスハラ等)
・禁止行為の具体例
・被害者や目撃者が相談できる窓口の設置
・相談後の調査手続きと守秘義務の遵守
・加害者に対する懲戒処分の基準
・再発防止策と職場復帰支援制度
これらの項目を盛り込んだうえで、就業規則や服務規律と整合性を持たせる必要があります。さらに、規程を作成するだけでなく、すべての従業員に配布・説明し、内容を十分に理解してもらうことが重要です。企業によっては、社員のサインをもって同意を記録する運用を行うことで、リスク回避につなげているケースもあります。
ハラスメント防止規程を整備しても、従業員の理解や意識が伴わなければ、実際の抑止力にはなりません。そのため、継続的な社内啓発活動が不可欠です。啓発活動には、全従業員を対象とした定期的なハラスメント研修や、管理職向けのコンプライアンス教育が含まれます。例えば、年に1回の全社研修では、ハラスメントの定義や判例、社内での相談手順などをわかりやすく解説し、参加者に理解度テストを実施する企業もあります。また、新入社員研修や昇進時研修においても、ハラスメントに関する基礎知識を必須科目とすることで、組織全体の意識を高めることが可能です。特に管理職層に対しては、部下との関係性の中で知らず知らずのうちにハラスメントに該当する言動を取ってしまうケースが多いため、指導と評価の違いを理解させる研修が有効です。ロールプレイング形式の研修や、過去の裁判例をもとにしたケーススタディを取り入れることで、実践的な学びにつなげることができます。
企業内におけるハラスメント対応は、単なる「社内トラブル処理」にとどまらず、法令遵守、組織の信頼性維持、従業員の働きやすさ向上といった企業経営の根幹に関わる重要課題です。しかし、ハラスメントに関する社内対応は専門性が高く、感情的・個別的な事情が絡むため、企業の内部対応だけでは限界があります。実際に、
・ハラスメント相談が寄せられたが、どのように調査すればよいかわからない
・社内で規程を設けているが、法改正や最新判例に照らして不備がないか不安
・加害者への懲戒処分が妥当か判断できない
・被害者のフォローや職場の再構築にどう取り組めばよいかわからない
といったお悩みを持つ経営者や法務・人事担当者の方々は少なくありません。
森大輔法律事務所では、企業法務に精通した弁護士が、企業ごとの実情や業種・規模に応じたハラスメント対応をトータルにサポートしております。お困りごとがございましたら、お気軽にご相談ください。