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企業が知っておきたい!退職勧奨のポイントとは

退職勧奨とは?

退職勧奨の定義と法律上の位置づけ

退職勧奨とは、企業が従業員に対して任意に退職をするよう働きかける行為を指します。これは、法的には「労働契約の合意による終了」という形を取るものであり、企業側からの一方的な解雇とは明確に区別されます。すなわち、最終的な退職の決定は、あくまで労働者の自由意思によるものであることが大前提です。

退職勧奨は、就業規則や法律に直接定義されている用語ではありませんが、判例や労働実務においては広く認められている手法です。企業は、業務上の必要性に応じて、従業員の適正配置や人員削減を目的に退職勧奨を行うことがありますが、これが許されるのは、労働者に対して不当な圧力や強要を伴わず、十分な説明のもとで実施される場合に限られます。また、退職勧奨を行う企業側には、信義則や雇用契約上の誠実義務に基づき、誠実で合理的な対応が求められます。企業と従業員との間で信頼関係が損なわれることなく、双方が納得できる合意に至る必要があります。

 

解雇や希望退職との違い

退職勧奨は、似たような用語である「解雇」や「希望退職」とは性質が大きく異なります。それぞれの違いを明確に把握することは、適切な人事対応を行う上で極めて重要です。

まず「解雇」は、企業が労働契約を一方的に終了させる法的行為であり、労働者の意思とは無関係に発せられるものです。日本の法制度では、解雇には厳格な制約があり、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が求められます(労働契約法第16条)。これに反する解雇は、不当解雇として無効とされ、従業員が職場復帰や損害賠償を求めて法的措置を取ることがあり得ます。

一方、「希望退職」は、主に人員削減を目的として企業が広く退職者を募る制度です。対象者を限定する場合もありますが、基本的には従業員の応募に基づく自己申告制であり、退職金の上乗せや再就職支援などが提示されるケースが一般的です。希望退職は、退職勧奨よりも制度的かつ計画的に実施される点に特徴があります。

これに対し、退職勧奨は個別対応であり、企業が特定の従業員に対して直接的に退職を促す点で、より対人的で繊細なプロセスを伴います。解雇のような法的効力は持たず、希望退職のような制度設計も伴いませんが、その分、企業側には慎重な言動と記録対応が求められます。

 

退職勧奨の典型的なケース

退職勧奨は、企業の経営状況や人事戦略に応じてさまざまな場面で用いられます。以下は、実務においてよく見られる典型的なケースです。

 

・業績不振や経営再建の一環としての人員整理

企業が事業縮小や再編を進める中で、部門の統廃合やコスト削減が必要となった場合、配置転換では対応が難しい人員に対して退職勧奨を行うケースがあります。特に、整理解雇のリスクを回避しつつ、柔軟な人員調整を実現する手段として選ばれることが多いです。

 

・適性不一致やパフォーマンス不良に基づく判断

長期にわたり能力不足が続いている、職場内での協調性に欠ける、職務遂行に必要なスキルが明らかに不足しているなど、業務遂行に支障があると判断される場合、企業は該当社員に対して退職を促すことがあります。ただし、あくまで客観的な事実と公正な評価に基づく説明が必要です。

 

・高齢社員や役職定年後の処遇問題への対応

役職定年制や再雇用制度との関係で、再配置や職務再設計が難しい場合、高齢社員に対する今後のキャリアの選択肢として退職勧奨を提示するケースもあります。この場合、本人の尊厳を最大限尊重しつつ、今後の生活設計を支援する姿勢が求められます。

 

・将来的な組織戦略に基づく人材の入れ替え

新規事業への移行や組織の若返りを図る過程で、既存のスキルセットや価値観が今後の方針と整合しないと判断される場合にも、個別の退職勧奨が行われることがあります。

 

これらのケースに共通して言えるのは、企業側に退職を促す合理的な理由が存在すること、そしてその理由が本人に丁寧かつ明確に説明されていることが不可欠であるという点です。加えて、本人の不利益を最小限にするための配慮(退職金の上乗せ、再就職支援など)も、適法性や納得感を高める上で重要な要素となります。

 

違法な退職勧奨とそのリスク

違法と判断される退職勧奨の例

退職勧奨は、適切に行われれば合法とされる手法ですが、その運用を誤ると違法行為と評価され、企業に重大な法的リスクをもたらします。特に、労働者の「自由意思による退職」という本質を損なうような言動は、違法と判断される可能性が高まります。

 

・繰り返し・長時間にわたる面談の強要

何度も退職を勧める面談を行い、1回あたりの面談が長時間に及ぶようなケースでは、労働者に対する心理的圧力が強すぎるとして「強要」とみなされる恐れがあります。

 

・人格を否定するような発言・侮辱行為

「あなたには会社での居場所がない」、「同僚はあなたを迷惑がっている」といった発言は、パワーハラスメントに該当する可能性があり、退職勧奨の正当性を損ないます。

 

・退職しなければ解雇すると告げる

「退職に応じない場合は解雇する」と脅す行為は、退職の選択が任意ではなくなるため、事実上の強制退職と評価されかねません。実際の解雇理由が存在しない場合には、不当な脅迫行為とされることがあります。

 

・虚偽の情報を用いて退職を促す

「会社が近々倒産する」、「人員整理が確定しており、居場所はなくなる」など、事実と異なる情報を用いて退職を誘導することは、労働者の判断を誤らせる違法な勧奨です。

 

・退職を拒んだことに対する報復的措置

退職勧奨を断ったことを理由に人事評価を下げたり、業務上不利益な配置転換を行うなどの対応は、「報復的人事」として違法とされるリスクがあります。

 

こうした手法はいずれも、労働契約の終了における合意の自由を侵害するものであり、裁判所でも違法とされるケースが数多く見られます。

 

企業が負う可能性がある法的責任

違法な退職勧奨を行った場合、企業は以下のような重大な法的・経営上のリスクを負うことになります。

 

・損害賠償請求(民事責任)

精神的苦痛に対する慰謝料や、退職による逸失利益の補填などが請求される可能性があります。違法な退職勧奨の結果として心身に不調をきたした場合には、労災申請に発展することもあります。

 

・退職の無効主張(地位確認訴訟)

退職の意思表示が「強要された」ものであったと主張され、退職の無効と労働契約上の地位確認を求める訴訟が提起されるケースもあります。結果として、退職が無効と判断されれば、未払い賃金の支払い義務も発生します。

 

・労働審判・労基署の指導

労働者が労働審判を申し立てた場合、退職手続の不備や不当性を争点とする審理が行われ、企業の対応が是正勧告の対象となることもあります。また、ハラスメントの疑いがある場合には、労働基準監督署等の行政機関による調査が入ることもあります。

 

・レピュテーションリスク(社会的信用の低下)

違法な退職勧奨が外部に公表された場合、企業の社会的信用に重大なダメージが及ぶおそれがあります。近年では、SNSや内部告発により企業対応が一気に拡散するリスクが高まっており、企業価値や採用活動への影響も看過できません。

 

・内部通報・公益通報による社内混乱

コンプライアンス違反として内部通報が行われた場合、第三者調査や経営陣の責任問題に発展することもあります。公益通報者保護法の枠組みの中で、通報者の保護義務も生じるため、企業対応が一層複雑化します。

 

このように、退職勧奨が違法であると判断された場合の企業側のリスクは、単なる人事問題にとどまらず、法的、財務的、そして組織的な影響が波及的に生じる点に注意が必要です。企業は、適法性・正当性を確保するための内部ルールの整備と、現場での丁寧な運用を徹底することが求められます。

 

適法な退職勧奨の流れとポイント

退職勧奨の一般的な進め方

退職勧奨は、その実施の仕方によって合法か違法かが判断されるため、進め方の適正さが極めて重要です。企業が退職勧奨を適法に行うには、一定のステップを踏み、対象従業員とのやり取りを慎重に進める必要があります。以下に、一般的な進行手順を示します。

 

・対象者の選定と社内での検討・準備

退職勧奨を行う前提として、まずはその対象となる従業員の選定を行います。この際は、能力、適性、業務上の必要性、再配置可能性などを客観的に検討し、恣意的・差別的な選定とならないよう留意が必要です。また、人事部門や法務部門と連携し、選定理由や進行手順を事前に整理しておくことが求められます。

 

・初回面談における慎重なアプローチ

初回の面談では、いきなり退職を求めるのではなく、まず現状の課題や今後のキャリアに関する話題から入り、対話のベースを築くことが大切です。そして、退職の可能性があることを伝える際は、「会社としての提案」であることを明確にし、本人が断る自由があることを強調する必要があります。

 

・継続的な話し合いと本人の意向の尊重

退職勧奨は、1回で結論を得ることは稀であり、複数回にわたる対話が前提となります。その中で、本人の意見や感情を丁寧に聴き取るとともに、企業側の考えや提案を具体的に説明することが重要です。焦らず、一定の熟慮期間を設けることが本人の自由意思を尊重する姿勢となります。

 

・退職後のフォロー体制の整備

円満な退職とするためには、退職金の加算、再就職支援などの条件提示を行う場合もあります。また、在籍社員への説明・配慮も含めて、組織としての対応が求められます。

 

このように、退職勧奨のプロセスは対話と信頼に基づく人事判断であり、事務的・一方的に進めてしまうと違法性を問われる結果になりかねません。段階を追って進め、記録を残しながら慎重に対応することが肝要です。

 

適切な説明と記録の重要性

退職勧奨が適法であったことを後日証明するためには、徹底した説明と記録の整備が極めて重要です。退職勧奨に関する紛争の多くは、「退職の同意が真意ではなかった」と労働者側から主張された場合に発生します。その際、企業側が適正な対応をしていたことを裏付ける証拠が求められます。

 

・面談記録(議事録やメモ)

面談の日付、時間、場所、出席者、主な発言内容、本人の反応などを簡潔かつ正確に記録します。会話の趣旨や雰囲気を要約する形でも構いませんが、本人が退職を強要されたと感じるようなやり取りがなかったことが分かる内容であることが重要です。

 

・書面での通知や確認書類

退職勧奨の提案文書や、退職の申出が本人の自由意思であることを確認する同意書・退職届などの文書を整備しておくことは、客観的な証拠となります。これらの書面に署名・押印をもらうことで、後日のトラブル予防につながります。

 

・メール・社内チャット等の記録

面談に関する連絡、日程調整、退職条件の説明など、電子的なコミュニケーションも証拠として活用可能です。ただし、内容が感情的にならないよう、冷静・中立的な文面を心がける必要があります。

 

・第三者の同席

面談において、人事部門や法務担当者など第三者が同席することで、やり取りの公平性や客観性を担保できます。本人が孤立して精神的圧力を感じないようにするためにも有効な方法です。

 

これらの記録を残しておくことで、仮に後日「強制された」、「脅された」と主張されても、企業が適正に対応していたことを証明しやすくなります。逆に、記録が存在しない、あるいは不備がある場合には、企業側が不利な立場に置かれるリスクが極めて高くなるため、記録は人事実務上不可欠な防衛策といえます。

 

まとめ

どのような理由で退職勧奨を行うかで変わる可能性もありますが、基本的には退職勧奨を行う場合は、解雇事由の有無を厳格に調査検討することが重要になります。退職勧奨はあくまでも従業員の自由意思に働きかけるものですので、必ずしも成果が出るとは限りません。そのような場合、戦力外通告の意味で退職勧奨をしているのに、本人の同意が得られないからと言って何事もなかったかのように元の職場で働かせ続けることは現実的ではありません。そのような場合は解雇も視野に入れてさらに話し合いをすることや、さらには実際に解雇をするということも視野にいれなければなりません。そのため、退職勧奨を実施するかどうかはどれだけの解雇理由があるかにかかっていると言っても過言ではありません。

このように退職勧奨は、従業員の意思で退職をしてもらえないことも想定したうえで実施していく必要があり、計画的に実施していく必要があります。

弊所では企業における労務トラブルにおいて豊富な実績がございます。問題社員における退職勧奨に関して、ご不明点やお困りごとがございましたら、お気軽にご相談ください。

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森大輔

2009年の弁護士登録以来、企業問題に取り組む。森大輔法律事務所を開所し、労働分野や広告、景品表示案件を中心に多くの顧問先をサポートしている。講演実績は多数あり、企業向け・社会保険労務士向けの労務問題セミナーを定期的に開催している。

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