学校教職員の長時間労働が社会問題となる中、労働基準監督署から残業代の未払いや労働時間管理不足を指導される学校法人が増えています。教職員から未払い残業代請求が発生した場合は、学校側として誠実かつ迅速な対応が必要です。また、未払いの残業代が生まれる事態を未然に防ぐための体制づくりも求められています。
そこで本記事では、未払い残業代請求をされた場合に学校法人がとるべき対応と、請求の予防策について解説します。
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私立学校の教職員と公立学校の教職員では、残業代に関して適用されるルールが異なります。公立学校に適用されるのは、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」の規定です。公立教員に給料月額4%分を教職調整額として支給する代わりに、「時間外勤務手当及び休日勤務手当は、支給しない」(同法3条2項)と定められています。一方、私立学校の教職員には上記規定は適用されず、「労働基準法」が適用されます。私立学校は、一般企業と同じように労基法を遵守した労働環境の整備をする必要があるということです。
労働基準法37条1項の規定では、使用者が労働者に法定労働時間(原則1日8時間、1週40時間)を超えて労働させた場合、2割5分以上の割増賃金を支払う必要があることを定めています。また、時間外労働時間がつき60時間を超えた場合は、基礎賃金の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければなりません。私立学校は、教職員の労働時間をしっかり管理し、残業に対する割増賃金を正確に支払うことが求められます。
私立学校には労働基準法が適用されるにもかかわらず、労働時間に基づく残業代は支払わずに、基本給の一部や特定の手当を定額の残業代として支給するケースが多くあります。これは、教員の働き方が不規則かつ長時間であることや、残業代を支給しない公立学校のルールによる慣習に影響を受けたことが理由です。ただし、このような固定残業代の形をとるのであれば、以下のことに注意しなければなりません。
・基本給に残業代を含む→基本給のうち割増賃金に当たる部分の明確化
・特定の手当を残業代として支給する→支給根拠や該当する時間数の明確な記載
特定の手当を残業代に充てる場合は、手当に含まれる時間数を超えて残業が行われた際に、別途差額を清算しなければならないことも知っておきましょう。また、固定残業代の制度を変えないまま機械的な出退勤時間に基づく残業代を払うと、残業代に相当する賃金の二重払いが発生します。無駄に人件費を増大させることになるため、注意が必要です。
教職員から残業代の請求をされた場合、まずは請求内容と事実を確認し、反論の余地があるのかを検討しましょう。学校側の認識とずれていることや、請求内容の法的評価が誤っていることがあります。
具体的に、反論を検討すべきポイントは以下の通りです。
・教職員側の主張に労働時間や請求額の誤りがある
・すでに固定残業代を支払っている
・会社側が残業を禁止していた
・残業代請求権の時効が成立している
・請求者が管理監督者の立場に該当している
相手方も弁護士に依頼をした上で請求を行ってくることもありますが、弁護士によって見解が異なる場合もあります。学校側も弁護士にサポートを依頼して、反論の余地をしっかりと検討することをおすすめします。
残業代請求をされた場合、学校側でも支払いを求められている範囲の残業代を計算する必要があります。請求金額や請求内容が正しいのかどうかを判断するためです。請求者側の主張と学校側の計算に差異があるならば、差異の発生理由と、どちらの金額が正しいのかを精査しなければなりません。
教職員から残業代請求をされた場合、学校側の対応としては次の選択肢があります。
・未払いの残業代が発生している→請求に応じて支払う、話し合って和解する
・未払いの残業代はない→反論する
残業代請求の内容が法的に正しい場合は、争っても負ける可能性が高いため、請求に応じて早期の解決を目指しましょう。金額面の訂正をしたい場合は、話し合いの合意のもと和解を進めます。一方、未払いの残業代はないと判断している場合は、反論をすることも有効な手段です。安易に残業代請求を認めてしまえば、他の職員や退職した職員からさらなる請求をされる可能性もあります。反論の余地があるならば、しっかりと反論しましょう。
労働審判や訴訟になれば、その対応に学校側として大きな負担が発生するため、できるだけ労使間の話し合いによる解決を目指すべきです。
しかし、話し合いでも解決の目途が立たない場合は、労働審判や訴訟手続きに進みます。これらの手続きが開始した場合、学校側として反論をしなければ、教職員側の請求がそのまま認められる可能性が高いです。
法的手続きの専門家である弁護士にサポートを依頼した上で、紛争に応じなければなりません。
教職員から残業代請求があった場合、これを学校側として無視することは控えましょう。残業代は消滅時効期限があるため、学校側が無視をすると、請求者側は消滅時効の完成を避けるために訴訟等の法的手段を取らざるを得ません。また、使用者が未払割増賃金を支払わない場合は、付加金の支払義務が発生することもあります(労働基準法114条)。いずれにしても学校側にとって負担が増大する事態になるため、残業代請求は無視せず適切な対応をとることが求められます。
残業代のトラブルは、基本的には当事者間や弁護代理人同士で解決を図りますが、中には残業代を求める教職員が労働基準監督署に通報することもあります。労働基準監督署に通報された場合、労働基準監督署によって学校側に対する調査や指導、勧告などが行われる可能性が高いです。労働基準監督署の通知を無視した場合は、強制的に立ち入り調査が行われる事態になりかねません(労働基準法102条)。また、調査対応を拒否した場合は、刑事罰の対象になります(労働基準法120条4項)。労働基準監督署から通知、指導、勧告が行われる場合には、誠実な対応を心がけましょう。
残業代請求をされないために、まずは就業規則を見直してルールを明確化しておくことが重要で、明確な労働時間の定義を定めることを推奨しております。例えば、始業は職場へ入室したタイミング、終業はパソコンの電源をオフにした時等です。ただし、完全に独自にルールを決めていいわけではなく、法的な判断に従う必要はあります。現在の学校法人として定めているルールに問題がないか不安な場合は、弁護士に相談しましょう。また、就業規則を変更した場合は、しっかりと職員に周知することも重要です。
労働時間の管理が適切に行われていなければ、紛争時に弁護士に相談した場合も、一定の金銭を支払わなければならないという結論になることが多いです。
タイムカードの打刻や残業申請書等の書類の保管など、客観的な証拠となる情報は必ず残すような体制を整えましょう。正確な労働時間の把握と記録に努めることで、そもそも未払いの残業代が発生する事態を未然に防ぐことができます。労働時間の管理方法については厚生労働省からガイドライン等も示されているため、必ず確認して対応しましょう。
教職員から未払い残業代請求をされた場合は、反論や和解を検討しながら誠実に対応することが求められます。また、労働時間管理体制や残業代削減の見直しをすることで、教員の長時間労働を抑制する効果もあるため、未払い残業代請求を予防する対策も不可欠です。したがって、残業代請求への対応は、弁護士に相談することを推奨しており、残業代請求に応じるべきかの判断や法的手続き、労働時間の管理体制の見直しなどに関してサポートすることが可能になります。
弊所では、学校法人の労務問題に関する経験が豊富な弁護士がご相談を承ります。学校法人における残業代トラブルの対応にお悩みの場合は、ぜひ一度ご相談ください。